きみまろ、ネタをサラリーマン川柳からパクった事を暴露

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綾小路きみまろ

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鹿児島県曽於郡松山町(現・志布志市)出身。5代目鈴々舎馬風門下。あん摩マッサージ指圧師の国家資格を保有[2]。現在の家族構成は本人、母、5歳違いの弟、妻、子供3人[3]。父親は1997年、本人が40代後半の時亡くなったが、生前は馬の種付けや農業をしていた傍ら、戦時中は徴兵されて戦地に出向いた事もある。
鹿児島県立末吉高等学校、拓殖大学商学部[1]卒業。身長165cm、体重70Kg。血液型はO型。
「落語協会」会員[2]である。また、日本の司会者統括団体である『日本司会芸能協会』の理事も務めている[4]。
芸風は立川談志、上岡龍太郎、ビートたけし、毒蝮三太夫等によって確立された毒舌漫談というジャンルであるが、中高年世代が持つ人生の悲哀をユーモラスに語るのが特徴で、とりわけ中高年(メインは1940年代後半以降の所謂団塊世代。尚、きみまろ自身も1950年生まれの為、団塊世代にあたる)に人気が高いため「中高年のアイドル」とも言われる。しかし本人は「毒蝮三太夫さんの様に『クソババア』とは言えない」と述べている(漫談の基本スタイルやきみまろ自身がいつも口にしているセリフについては#きみまろの漫談スタイル・傾向、#きみまろの口癖を参照の事)。きみまろ自身、50歳を超えてようやくブレイクした事から、「遅咲き」と自負している。

出典:wiki

ダウンタウンの番組で初対面

ダウウンタウンなうにて初対面の共演を果たします

実はテレビ局ですれ違った事もなく本当の意味での初対面でして

きみまろはダウンタウンにずっと会いたかった、やっと会えた

と嬉しそうに初対面を果たしダウンタウンも照れ笑い・・

会うなり松本は「え?初対面ですか?」と言うと浜田が「こっちが一方的にVTRで見てるから初対面な気がしないだけ」と

リアル初対面に突っ込みます

きみまろの下積み時代

ダウンタウンなうでお馴染みのゲストの年表を紹介

・1968年:司会者を目指して鹿児島から上京

・1970年:アルバイトでキャバレー司会を務める。全国を回り下積み生活が始まる
新宿のキャバレーでビートたけし片岡鶴太郎と交流

当時はビートたけしと飲み歩く仲だった。

漫才ブームの到来の陰で

1980年代に起こった漫才ブームで世に出て行った(ツービートを含む)仲間たち・・

そして当時のきみまろは、というと・・・

漫才ブームの影響でコンビの人達に脚光が浴びピン芸と呼ばれる人達が世の中から取り残されていったが、きみまろ自身コンビを組もうとは思わず一人でやっていきたいという気持ちは揺るがなかった。

・1979年日劇より漫談家としてデビュー

・森進一の専属司会者を10年務めた
※同じ鹿児島出身ということですごく可愛がってくれたそうです。

森進一の司会を10年務めて辞める事になりますが”10年一区切り”とし専属司会を辞めた。

・小林幸子のショー司会者を4年務め、その後伍代夏子のショーゲストを7年やっていた。

伍代夏子の専属の司会者はすでにいたのでゲストとして漫談をやっていたという、その当時に中高年相手に漫談や司会を20年ほどやって腕を磨き、のちにきみまろをブレイクさせる大きな武器になります。

・2001年漫談のカセットテープを自主製作し高速道路のサービスエリアで配布

これは有名な話ですね・・その当時もうすでにCDやMD等が主流になりつつあったのですが、中高年をターゲットに絞っているため
あえてカセットテープに録音し配布したという。

そこから徐々に人気が出始め、あのカセットテープが欲しいと注文が殺到する。

・2002年「爆笑スーパーライブ第一弾」発売
※CD、カセットテープ、DVDの総売り上げ枚数520万枚!!

これヤバイ!!一万枚でミリオンセラーなんで520万枚とか半端ねぇ!!

この時がきみまろにとっての大きなターニングポイントだったんですね。

カツラを告白(笑)

2003年にカツラ使用をカミングアウト(笑)するんですが

そこで坂上忍から「あれ僕テレビで見てたんですけど、なんて潔い人なんだろう・・めちゃくちゃ高感度上がりましたよ」と感服

続けて「アレってなんでカツラを告白しようと思ったんですか?」と聞くと

「もう隠しきれないと思ったから」と言うと一同爆笑w

そしてカツラ使用のカミングアウトを終えたらなんか肩の荷が下りた、ほっとした。
と語ると松本が「あれね、オバハン相手にね毒舌漫談やってるやないですか・・それでね毒舌言ってるヤツがこうゆう隠し事やってると急に笑えなくなるんですよ・・だからあのカミングアウトは大正解!」と感心していた。

”サラリーマン川柳”パクり疑惑

サラリーマン川柳パクリ疑惑についてきみまろが真相を語ります

「サラリーマン川柳っていう面白い本があるんですよね、それをやっぱりパクってたんですよね」と語ると

またまた一同爆笑w松本も笑いながら「やっぱりの意味が分からない」と爆笑

なぜ川柳をパクった?

きみまろは「それには訳アリでして・・」と話しだします

漫談をやっている時に漫談をやっている先輩とかに「川柳はパクっても大丈夫」と教わっていたそうで

川柳は新聞にでも出てるし匿名投稿だったりするので大丈夫だと本気で思っていて”大丈夫だろう”と安易な気持ちでパクっていたそうで・・・

当時はその川柳パクり疑惑に対して記者会見を開き「すいません・・・引用させていただきました」と謝罪会見を開きました。

これに関しても松本は「潔い~~」と笑いながら感心していた。

自分に非があれば正直に話す、それがきみまろさんを支える人気の秘密かもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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元プロマジシャンjinno(ジンノ)です 摩訶不思議なことが大好物すぎて色々追求した結果プロマジシャンになったりしていたのですが・・一向に芽が出なかったのでプロマジシャングッバイ(笑) 世界の裏側や都市伝説といった切り口で配信しています 裏話はメルマガでしか配信しませんのでメルマガ登録必須です マジでヤバイ話は有料コンテンツサイトにて暴露しています →有料コンテンツを1ヶ月無料で覗いてみる ブログじゃ話せない裏話はメルマガで配信しております →無料メルマガはコチラ LINE@配信はじめました →LINE@に登録

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